遠野市松崎町の神社とお堂
サムネイル画像とタイトルに撮影日の画像集「withPhoto」へのリンクが施されています。左側の各項目には過去に撮影された画像集やYouTubeも掲載されているものもあります。但し、下記の説明文の最後に左側項目へのリンクがないものは、過去に撮影された画像集またはYouTube動画ありません。
2011.11.01
遠野市松崎町光興寺13地割
遠野市天然記念物指定であるコナラがある神社である。
かつての山仕事への道筋であったのだろうか。近くの民家の方にお聞きして訪ねたのだが、熊が下りてきているから気を付けなさいと。この神社は民家のある場所からさほど山中に入らない程度の場所にあった。
鳥居は簡単な鉄パイプのようなもので、お社の中には「山神社」と刻まれた石塔が床をぶち抜いて建ててある。元々石塔が最初にあったのだろう。また、三峰山の石塔もあり、狼が多く出たのだろう。賽銭箱の後ろには小さな稲荷があった。
2011.09.29
遠野市松崎町白岩23地割
八幡神社と背中合わせの位置に当たる。
お堂とおぼしき建物と鳥居そして祠ともいうべきお社の位置関係がおかしい。そばには東屋てきな休憩所もある。
お堂のように見えるものは倉庫のようだ。なにやら肥料袋が入口に置いてあったりする。小さい祠の中には正一位伏見稲荷の木札が祀ってある。
2011.09.24
遠野市松崎町白岩18地割
バイパス周辺は農地から宅地になった所の間に田圃が見え隠れしながら点在しています。いずれこの農地も姿を消すのでしょうか。
その田圃の中にこの雷社「いかづち様」が祀られています。雷神は水神様であり、火の神でもあるとか。日照りの雨乞い、夏の日照不足が大暑となるなど御利益があったとか。
本当に小さい祠だが祠を守るうっこの古木の霊力もあるものか。
2011.09.19
遠野市松崎町駒木6地割
駒木マレットゴルフ場の裏手の林の中にあります。
個人のお社なのか集落のお社なのかは定かではありませんが、たくさんの名前の書かれた紅白の布が奉納されています。合格祈願なのか、縁結びなのか、はたまた安産祈願なのか本坪鈴が見えないほどです。
2011.09.10
遠野市松崎町駒木14地割
遠野テレビで紹介され、ぜひ行ってみたいと思い探していたがなかなかどこにあるのかわからなかった。意を決して海上集落の一番上の民家まで上ってみるとそれらしき雰囲気が漂っていた。「ここか」と思わず心の中でガッツポーズをしてしまった。
この不動尊より家が上に立てられるたびに、さらに上に移されてきたという。
このお堂の脇を小さな沢が流れており、お堂の真裏の大きな木の下に2つの不動尊が彫られた石塔が横たわっています。
2010.07.23
遠野市松崎町白岩34地割
地元 ではゴンゲ様として親しまれています。土淵町土淵の谷地高瀬自治会館脇にあり、所在地は白岩となっています。祠ほどの大きさのお社が二つ。風変わりな2社 を仕切りで分けたお社が鳥居の正面にあります。右側が稲荷社で左側が青麻岩戸三光宮で中風退散、海上安全の神様なのだとか。石塔にもその名が記されてお り、このお社以外にもう一つには金色の菩薩像を祀っています。
2010.07.07
遠野市松崎町白岩31地割
蓬田集落にある稲荷社のため、蓬田稲荷神社とさせていただきました。造りが非常にめずらしいお堂です。通常のお堂より背が高い。上部のガラス窓の分だけ高くなっています。瓦屋根にも手の込んだものが使用されています。境内は狭く木立に囲まれて一見外からでは存在がわかりにくい。お堂以外はなにもありません。お堂の中を撮影することができました。
2010.07.07
遠野市松崎町松崎8地割
松崎観音の近く、赤い鳥居が目につきます。小さいお堂には戸がなく、中には石が3つ祀られています。お札が一緒に納められていますがよく内容が見えません。境内 ではなんとミツバチが飼われています。この神社と松崎観音の間の道路沿いの三叉路に豊富な石碑群があります。
2010.07.05
遠野市松崎町光興寺13地割
「献海南」と額にありましたので海南神社と致しました。お堂内には普賢菩薩の墨絵が飾られています。ここは元八幡宮のすぐ下に位置し、丁度宮代公民館の左脇を入ったところにあります。境内には稲荷を祀る祠もあります。大木 の根っこが四方に広がり自然の階段のようになっています。
2010.07.04
遠野市松崎町駒木15地割
福 泉寺の手前、県道160号線沿いに赤い鳥居がはやしの中に見えます。お堂というより祠で、まるでオシラサマのように紅白の布が正面に結びつけられていま す。祠の中には木彫りの座像があり、それより小さい大黒様と思われるものも下にあります。
2011.11.14
遠野遺産第95号
遠野市松崎町松崎2地割
ポナリ、オナリは沖縄までひろがる巫女を意味する古代語と推定されています。
大同年間(806~809)につくられた右手前方の用水路には、巫女の娘夫婦が人柱となった悲話が伝えられ、母也明神はこの霊を慰めるために祀ったもので す。
巫女塚だが、母也明神そばには見当たらない。その上り口いくつかの墓石があったがこれが巫女塚なのか。
過去に撮影した画像はこちらにあります。
2011.09.16
遠野市松崎町白岩16地割32番地
遠野消防署の前にあり、道路に面しています。
こじんまりとした境内ですが、この境内に「さすらい地蔵」があります。現在このようにコンクリートで台座に固定されてしまいましたが少し前までは固定されず台座の上に寝かされていました。
過去に撮影した画像はこちらにあります。